札幌高等裁判所 昭和40年(ネ)93号 判決 1967年2月28日
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、左記のほかは原判決事実摘示(ただし、原判決三枚目裏七行目に「二五五、六〇〇円」とあるのを「三五五、六〇〇円」と訂正する)と同一であるから、これを引用する。
被控訴代理人は「控訴人主張の弁済の事実はすべて否認する。かりに控訴人主張の更改の事実が認められるとしても、それは裏書人である内田と被控訴人との間において裏書人の遡及義務ないし買戻義務を対象としてなされたのであつて、本件手形の振出人である控訴人の手形債務にはなんらの影響を及ぼすものではない。従つて控訴人は自己の後者に属する右抗弁を援用して、その支払を拒むことはできない。」と述べ、控訴代理人は「一、被控訴人が本件手形の所持人であることおよび石川登吉が控訴人峰延営業所の所長であつたことは認めるが、峰延営業所は商法第四二条にいわゆる支店ではない。二、本件手形については、昭和三五年三月二五日に二五万円、同年六月一日に四万円、同年一二月三一日に五万円(合計三四万円)が内入れ弁済として支払われている。」と述べた。
証拠(省略)
理由
一 成立に争いのない甲第一号証および原審ならびに当審証人日置〓次の証言によると、石川登吉は昭和三四年一〇月二〇日頃、共同振出人渡辺栄作とともに、控訴人峰延営業所長石川登吉振出名義の本件手形を作成して受取人である有限会社内田木材の代表者内田忠に交付し、被控訴人は有限会社内田木材から右手形の裏書を受けて現にこれを所持していること(所持の点は当事者間に争いがない)が認められ、被控訴人が右手形を満期に支払場所に呈示したがその支払を拒絶されたことは当事者間に争いがない。
二 まず石川登吉が控訴人から本件手形を振り出す権限を与えられていたか否かについてみるに、石川が右手形振出しの当時控訴人峰延営業所の所長であつたことは当事者間に争いのないところであるけれども、石川が控訴人を代理して右手形を振り出す権限を有していたことを認めるべき証拠はなく、かえつて、原審証人横山賀寿馬の証言および当審における控訴人代表者美濃部忠良尋問の結果によると、石川は控訴人組合の参事ではなく、控訴人は石川に控訴人を代理して峰延営業所名義で約束手形を振り出す権限を与えていなかつたことが認められる。
三 次に表見参事の主張について判断する。
当審における証人横山賀寿馬の証言および控訴人代表者美濃部忠良尋問の結果によると、控訴人は中小企業等協同組合法(以下単に「法」という)によつて設立された信用協同組合であることが認められるところ、法第四四条第二項によれば、信用協同組合の参事については商法第三八条第一項および第三項、第四二条の各規定が準用されているから、参事は、当該組合の事業に関する一切の裁判上または裁判外の行為をなす権限を有し、組合の主たる事務所または従たる事務所の事業の主任者たることを示すべき名称を付した使用人は、裁判上の行為を除き、その主たる事務所または従たる事務所の参事と同一の権限を有するものとみなされることになる。
石川登吉が控訴人の峰延営業所所長であつたことは上記認定のとおりであるから、右峰延営業所が法第四四条にいう従たる事務所に該当するかどうかについて検討するに、同条にいう従たる事務所とは、単に主たる事務所の指揮命令に従い、機械的取引をするに過ぎない出先の場所ではなく、一定の範囲内において主たる事務所から離れて独自に当該組合の事業に属する取引を決定施行し得る組織の実体を有することを要するものと解するのが相当である。
成立に争いのない甲第五号証、原審証人横山賀寿馬の証言、当審における控訴人代表者美濃部忠良尋問の結果を総合すると、控訴人の行う事業は、法第九条の八所定のものとまつたく同一の内容であり、美唄市内には我路と峰延に営業所を設置していたが、峰延営業所には職員三名が配置され、本店(主たる事務所)営業部の所管に直属して預金の受入れおよび通帳の交付、預金の払戻しの事務を取り扱うに過ぎず、営業所長に貸出しの決定権はなく、組合員から貸付けの申込みがあつたときは本店に連絡し、本店から担当者が営業所に出向いて貸付けを実行していたこと、営業所長に手形、小切手の振出権限は与えられておらず、従来本件以外に営業所長名義で手形、小切手を振り出した事実はなく、また営業所で使用する什器備品についても営業所で独自に購入することは許されず本店の稟議を経ることを要し、僅かに一〇〇〇円以内の範囲において営業所長に支出の権限が認められていたにとどまることの諸事実が認められ、他に右認定を覆すべき証拠はない。
右認定の事実によると、控訴人の峰延営業所は、主たる事務所の指揮監督に従い、主たる事務所で決定された事務を機械的に処理する事業所に過ぎないのであつて、法第四四条にいわゆる従たる事務所としての実質を備えたものということはできない。
もつとも、前掲甲第五号証によると、控訴人は峰延営業所を従たる事務所として登記していることが認められるけれども、不実登記に公信力を認めた商法第一四条の規定を信用協同組合について準用する規定はないのみならず、信用協同組合はその行う事業(受信行為および与信行為)により組合員の経済的地位の向上をはかることを目的とする団体であつて商法上の商人ではなく、法がこれに商法の規定を準用する場合には個別的に明文の規定を設けている(例えば法第六条第三項、第三二条、第四二条、第四四条第二項、第五四条、第六六条、第六九条、第八二条第二項等)ことに徴しても当然に前記商法第一四条の類推適用を認めることはできないと解するのが相当であつて、法第四四条の準用する商法第四二条の適用に関しては従たる事務所にあたるか否かはもつぱら当該事業所の実体を観察して決すべきことは前段判示のとおりであるから、右登記の一事によつて上記認定を左右することはできない。
四 そうすると、控訴人は本件手形について振出人としての責任を負うべきいわれはないから、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人に対して本件手形金一〇〇万円およびこれに対する満期の翌日である昭和三五年一月二一日から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由がない。
よつて、右と判断を異にし被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当で本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。